○ 履歴 : 2010「2010.04.07 多岐にわたる症例の可能性を探るカンファレンス」+ 5.2 / + 8.9
○ 履歴 : 2011「2011.04.07 またしても震度五強の地震が」+ 2.1 / + 16.4
○ 気温 : 今日の最低 + 0.8(10:12)最高 + 6.4(12:07)23時|昨日 + 0.7 / + 6.3 23時
昨夜から、今日は雪の降る寒い一日となる事がラジオなどで予想されていましたが、今日の朝は、暖かな光をお日さまが運んでいました。
ただ、すぐに曇りだし、予報通り雪が降ってきました。午前中は、雪がときどき舞っていましたが、午後からは、お日さまが春の光を運んでくれました。
それでもやはり、寒い一日でした。下の写真は、朝の外の様子です。暗く写っていますが、雪が舞っていました。中央は、車のディスクブレーキです。
普段はあまり乗りませんが、爆弾低気圧によって運ばれた海水の混じった雨だったためなのか、ブレーキがさび付いていました。ビックリです。
今日は、お昼前に山へ向かいました。昨日は、二度手間となった仮補修作業を行った作業小屋ですが、風が強かったにもかかわらず今日は無事でした。
下の写真、中央は、今日撮した作業小屋の様子です。上の写真、右は、愛子。お日さまが出てましたが、発砲スチロールの箱の暖かさを学んだのか、その箱の中にスッポリ入ってやすんでいました。
季節は確実に春へ時計を進めているようです。今日初めて、何となくラベンダーの株の葉っぱが色濃くなっているのに気がつきました。
寒い日が続いているのですが、どうしてなのでしょうか。ほんの少しのお日さまでも、やはり、その光をラベンダーが感じ取っているとしか思えません。
下の写真、左は、鉢植えのラベンダーの株。右は、今日の畑の様子です。あれほど雪と雨で濡れていた大地が、寒くてそれほど天気が回復したとは思えないのですが、乾燥してきました。
下の写真は、ラベンダーの畑です。昨年の晩秋から初冬に舞った栗の葉っぱが、畑の中にいっぱい広がっていました。特に、株の周りには、根っこの枝を中心に葉っぱが集中しています。
きっと、寒い冬を過ごすための知恵が隠されているのかも知れません。枝が葉を拾い集めるフィルターの役割を果たしているようです。
上の写真、左は、ラベンダーナナ成沢、中央は、ラベンダー早咲き3号、右と、下の写真、左は、ラベンダーおかむらさきです。
今年は、寒い日が続き、まだ花梅の花は開花してくれません。それでもつぼみがふくらんできました。
下の写真、左は、花梅の場所から望んだラベンダー畑の様子です。葉っぱが青々と見えました。今日は、吹き飛ばされた屋根の残骸を拾い集めました。
寒かったのですが、作業をし始めると暖かくなり、汗をかくほどでした。中央は、きれいになった山の様子です。右は、愛子や豆太郎たちがいる下の場所から、山の入り口方面を望んだ風景です。
愛子は、ご飯を食べた後も、発砲スチロールの箱の中がお気に入りでした。下の写真、右は、先日の低気圧の強風で傾いたお隣さんの花梅の木です。
根がむき出しになっていました。手の届く所に花梅の花芽が見えました。花芽を観察すると、膨らみが随分増していました。
下の写真、左は、山からすぐにある田んぼの中のハウスです。先日の低気圧で、ハウスを覆うビニールが飛ばされました。再度、そのビニールを張り替えていました。ご苦労様です。
中央は、今日のお昼ご飯です。台湾のインスタントラーメンにタマゴとニラとノリを入れて食べました。右は、デザートのクッキーです。最初、メンチカツかコロッケかと思いました。
午後、川越市にあるサロンの方からメールが届きました。そのメールには、先ほど撮ったのか桜の写真が添付されていました。お店から一歩でると、お寺があるそうですが、そこの桜のようでした。
東京では、昨日満開となったようですが、こちらの方は、八分咲きくらいでしょうか。いいですねぇ。秋田では、雪が舞っているというのに。
中央は、夕方の秋田市の様子です。雪はやんでいました。雲は多いながらも、ほんの少し夕焼け空を望む事ができました。
上の写真、右と、下の写真は、今日の晩ご飯です。厚揚げ、メヌキの粕漬けの焼き魚、ポテトサラダとコマツナのおひたし、マグロタコアボガドサラダでした。それに、じゃがいもとタマネギのみそ汁でした。
昨日の午前中、山へ向かおうと準備していると、NHK ラジオから DNA のお話が聞こえてきました。耳の方が、どんどんそのお話に反応し、結局午前中に山へ行くことが出来なくなってしまいました。
このお話の半分は、以前にも NHK ラジオで聞いた事がありました。ブログ内を探してみると、下記の記事にその事が書かれていました。
・「2007.11.11 食の大切さといのちと分子生物学」
この記事は、2007.10.11 NHKラジオの「ラジオ深夜便 ないとエッセー」という番組で「食べ物といのち」の関係を、とても興味のある表現方法でお話されていたので、書かせていただきました。
その時は、人間が食べたものは、身体に取り入れられ、「早い部分では数時間、遅い部分でも一年の間にすべて新しい分子に入れ替わる」というお話でした。
しかも、食べたものがエネルギーだけではなく、身体のどんな部分でも、例外ではなく、入れ替わってしまう、というものでした。
それも、身体のどんな部分でも例外なく「遅い部分でも一年の間」にすべて入れ替わるというのですから、とてもびっくりしました。そして、人間の記憶を司る脳細胞でも、分子は置き変わっているというのですから、こちらの方も興味がわきました。
そして、それらの事を方丈記の
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と、栖(すみか)とまたかくのごとし。」
に例えて、絶え間ない流れの中に生命があり、次の生命体の分子として、「分子と分子のつながり」が生命と生命をつないでいる、というお話でした。
このようなお話から「いのちやいきている」という生命の現象を「合成と分解の繰り返し」によって説明されていました。
また、
・「2010.05.22 今年初めての本格的な草むしり 2010」
では、「動的平衡」という概念の中で、地球全体の炭素の量はそれほど変わらないのに、二酸化炭素が多くなっているのは、動的平衡という流れの中で、その責任の一端を人間が負っているというようなお話をされていました。
その時のゲストが、今回お話されていた「福岡伸一氏」でした。今回は、それらの事を踏まえて、ご自身の専門分野である分子生物学の観点から、「生きている事」とは、いったいどんな事なのかを、
○ 生物の設計図となっている遺伝子の一部(GP2遺伝子)を欠損させたマウスの研究から
・結局の所何の問題もなく育ち
・通常のマウスと同じ寿命を生き
・子孫を繁栄させた
事に触れ、どうも「生命の設計図」となっている DNA だけでは、説明のつかない現象を、音楽の音符と演奏者の関係で説明されていました。
遺伝子一つ一つを音符に例え、その音符をどういうタイミングで、どういうボリュームで、どういう順序で奏でるかは、演奏者に任されており、音符一つがなくても「曲として成立する」というのが「音楽のあり方」で、それを「動的平衡」と呼んでいました。
とても難しいように聞こえるのですが、かつてお聴きした「ゆく河の流れは絶えずして・・・」に比喩されるように、
・遺伝子レベルでも細胞レベルでも
・ある状況に陥ったときに
・大きく変わる事なく何とか可変的に組み替えを行い
・生きていけるようそれぞれのレベルで関連性や相互性を発揮
する事を「動的平衡」と呼んでいたようです。もう少し簡単にいえば、バランスを保ちつつ、常に動いて入れ替わりをしている事が、実は大きく変わることなく生きていく事ができ、それが「生命のあり方」であり、それを「動的平衡」と呼ばれていました。
ウンチの例えでは、生物は、作り出すより壊すことを一生懸命行っているようで、絶え間なく入れ替わりをしていく中で、
・不足するものがあれば補い
・傷つけば治し
・病気になれば回復させる
よう、動的に体内で分解と構築が繰り返されているのだそうです。だから、その例えを「ゆく河の流れは絶えずして・・・」と表現されたのでしょうね。
お話の途中に、そのような「動的平衡」を、現代社会の仕組みとの比較でも登場させていました。どうも、現代は、設計図に基づき、コントロールし過ぎる傾向があるようで、そのような設計図に従い過ぎると「最後は破綻」する事の方が多い事を指摘されていました。
その事を踏まえ、自然界の事に目を向けた場合、「発生的にジグソーがちょっとずつできあがるようにできあがっていく」過程が「生命のあり方」であり、その仕組みに従った社会が本来のあり方に従った世界である事も述べられていました。
このお話を聴いて、二つの事が頭に浮かびました。その一つは、
・「2007.02.12 体質形態学と千島学説」
でも投稿した「千島学説」「第 4 原理 細胞新生説」です。
この「細胞新生説」は、
・細胞は細胞構造をもたない有機物から自然発生的に新生(発生の条件がそろえば)
・すでに細胞構造をもっているものは、AFD現象によっても新生
という原理でした。
この原理は、無核である赤血球(よって細胞とはいえない)から、核をもつ白血球を生じて、すべての細胞へと分化する、とする「第 1 原理 赤血球分化説」の根底となる基本的な原理として、とても重要であることが説明されていました。
また、この原則では、「胚葉細胞とそれから生ずる器官の説は誤り」(血液と健康の知恵、千島喜久男、地湧社、p210)で、発生説の矛盾を指摘していました。
非常に興味のある指摘の中に、前成説と後成説との比較がなされ、
・前成説 〜 成分の形質は予めすでに決定されている
・後成説 〜 発生の進むにつれて生体の内外環境の変化に応じて次々と新しい形質が決定され、出現してくる
ということが述べられています。
現在では、前成説である「成分の形質は予めすでに決定されている」、いわゆる設計図としての「DNA」を元にして、細胞が分裂する事で、組織や器官系が形成されるとしていますが、千島学説では、後成説である「 発生の進むにつれて生体の内外環境の変化に応じて次々と新しい形質が決定され、出現してくる」、いわゆる「細胞が集合、融合、分化発展(Aggregation、Fusion、Differentiation : AFD現象)」することで、すべての体細胞や生殖細胞が形成されるとしています。
どうも、この「細胞新生説」と、先ほど見てきた「動的平衡」がダブって見えて仕方がありませんでした。
もちろん、ここでご紹介している「千島学説」は、近年よく登場している「iPS細胞」との関係からも非常に興味のある考え方だと思っています。
もう一つ興味を持ったのは、「ケモタイプの概念」と「動的平衡の概念」についてでした。ケモタイプの概念については、
・「2006.08.24 精油のフェノタイプとケモタイプ」
で投稿しました。このケモタイプという概念は、植物分類学上同じ属・種に属する植物でも、成育環境の違いによって、精油に含まれる組成成分(芳香分子)が異なる場合に、化学的に同定された「化学種」として、精油を分類する概念でした。
これに対して、「表現型(フェノタイプ)」というのは、植物分類学上同じ属・種に属する植物でも、花の大きさや葉の形、背丈など、形態的に異なる形質を示す場合があり、それを発現している遺伝子に着目して分類する概念でした。
フェノタイプに着目した場合、遺伝子の概念を用いるわけですから、植物に含まれる精油の組成と遺伝子との間の相関関係を利用する概念です。
また、精油の組成は、産地、気候風土など、植物が実際に育つ環境に左右されますから、中に含まれる精油の組成成分の化学的な同定が必要になり、それが「化学種」としてのケモタイプの概念でした。
アロマテラピーを実践している方々にとって、どの概念が優れているかという問題としてではなく、生物が動的平衡のもとで、バランスをとりながら、入れ替わり絶え間なく動いていることが、実は生命を支えているものである事を考えると、
○ ケモタイプ
・化学的に同定された「化学種」として精油を分類するケモタイプの概念
○ フェノタイプ
・植物に含まれる精油の組成と遺伝子との間の相関関係を利用する概念
の他に、生物である植物から得られたありのままの精油もまた、そのときどきの環境の中に育ち、動的平衡を保った植物から抽出された「動的平衡タイプ精油」という概念もあり得るのでは、と思いました。
この事は、
・「2005.07.13 総合病院で導入しているのは珍しい」
で投稿した記事と、とても関連性があると思いました。そこでは、精油の中に含まれている芳香分子の固有作用や、その芳香分子の属する芳香成分類の主な作用についての「相反する作用」の説明に、
「植物二次代謝産物を利用する場合、その効果について一義的に決めることはできません。植物成分の相反する作用のどちらが効果として現れるかは、それを利用する側の各種の条件によって左右されます。その時点でその生体にとって必要とされる効果が選択されるともいえます。そして、このことこそがハーブの特質であり、私たちが植物に接する際に忘れてはならないことなのです。」
・「ハーバリズムのすすめ」衣川湍水著、フレグランスジャーナル社発行、p21 〜 22参照
という概念を、引用させていただきました。
植物が作り出した相反する作用は、生体の中で、必要とされる作用が選択される事で、その効果が発揮される、というとても素晴らしい考え方で、このことが、今回の「動的平衡」の概念なのでは、と思ったがゆえに、興味を持った「動的平衡タイプ精油」という概念でした。
もちろん、そんなタイプの精油はひまわりの創造タイプ精油でのお話でした。
そんな事を考えていたら、これまで投稿した記事の中に、それらしき記事が何点かある事に気がつきましたので、以下、それらの記事をリストアップしてみました。
・「2008.01.11 音のオーケストレーションと香りのアコード」
・「2007.02.22 ベートーヴェンの修正液と植物療法」
・「2005.10.02 適応力と体質」
・「2005.10.02 適応力は種保存の法則なのかな」
音楽の記事がありますが、今回の放送でインタビューを受けられた福岡氏は、音楽の事以外にもフェルメールの事についてもふれられました。
こちらは、顕微鏡の父ともいわれているアンソニーレーウェンフックとの関係をお話されていました。彼に関して、自分はスケッチが下手なので友人に書いてもらったという記録が残っているそうです。
どうもその画家がフェルメールなのでは? と考えておられるようでした。
フェルメールの死後、そのスケッチがへたくそになっていること、そして、両者が、同じ時代の同じ場所で生まれ育っていることが、その理由として掲げられてました。
○ 履歴 : 2011「2011.04.07 またしても震度五強の地震が」+ 2.1 / + 16.4
○ 気温 : 今日の最低 + 0.8(10:12)最高 + 6.4(12:07)23時|昨日 + 0.7 / + 6.3 23時
昨夜から、今日は雪の降る寒い一日となる事がラジオなどで予想されていましたが、今日の朝は、暖かな光をお日さまが運んでいました。
ただ、すぐに曇りだし、予報通り雪が降ってきました。午前中は、雪がときどき舞っていましたが、午後からは、お日さまが春の光を運んでくれました。
それでもやはり、寒い一日でした。下の写真は、朝の外の様子です。暗く写っていますが、雪が舞っていました。中央は、車のディスクブレーキです。
普段はあまり乗りませんが、爆弾低気圧によって運ばれた海水の混じった雨だったためなのか、ブレーキがさび付いていました。ビックリです。
今日は、お昼前に山へ向かいました。昨日は、二度手間となった仮補修作業を行った作業小屋ですが、風が強かったにもかかわらず今日は無事でした。
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下の写真、中央は、今日撮した作業小屋の様子です。上の写真、右は、愛子。お日さまが出てましたが、発砲スチロールの箱の暖かさを学んだのか、その箱の中にスッポリ入ってやすんでいました。
季節は確実に春へ時計を進めているようです。今日初めて、何となくラベンダーの株の葉っぱが色濃くなっているのに気がつきました。
寒い日が続いているのですが、どうしてなのでしょうか。ほんの少しのお日さまでも、やはり、その光をラベンダーが感じ取っているとしか思えません。
下の写真、左は、鉢植えのラベンダーの株。右は、今日の畑の様子です。あれほど雪と雨で濡れていた大地が、寒くてそれほど天気が回復したとは思えないのですが、乾燥してきました。
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下の写真は、ラベンダーの畑です。昨年の晩秋から初冬に舞った栗の葉っぱが、畑の中にいっぱい広がっていました。特に、株の周りには、根っこの枝を中心に葉っぱが集中しています。
きっと、寒い冬を過ごすための知恵が隠されているのかも知れません。枝が葉を拾い集めるフィルターの役割を果たしているようです。
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上の写真、左は、ラベンダーナナ成沢、中央は、ラベンダー早咲き3号、右と、下の写真、左は、ラベンダーおかむらさきです。
今年は、寒い日が続き、まだ花梅の花は開花してくれません。それでもつぼみがふくらんできました。
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下の写真、左は、花梅の場所から望んだラベンダー畑の様子です。葉っぱが青々と見えました。今日は、吹き飛ばされた屋根の残骸を拾い集めました。
寒かったのですが、作業をし始めると暖かくなり、汗をかくほどでした。中央は、きれいになった山の様子です。右は、愛子や豆太郎たちがいる下の場所から、山の入り口方面を望んだ風景です。
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愛子は、ご飯を食べた後も、発砲スチロールの箱の中がお気に入りでした。下の写真、右は、先日の低気圧の強風で傾いたお隣さんの花梅の木です。
根がむき出しになっていました。手の届く所に花梅の花芽が見えました。花芽を観察すると、膨らみが随分増していました。
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下の写真、左は、山からすぐにある田んぼの中のハウスです。先日の低気圧で、ハウスを覆うビニールが飛ばされました。再度、そのビニールを張り替えていました。ご苦労様です。
中央は、今日のお昼ご飯です。台湾のインスタントラーメンにタマゴとニラとノリを入れて食べました。右は、デザートのクッキーです。最初、メンチカツかコロッケかと思いました。
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午後、川越市にあるサロンの方からメールが届きました。そのメールには、先ほど撮ったのか桜の写真が添付されていました。お店から一歩でると、お寺があるそうですが、そこの桜のようでした。
東京では、昨日満開となったようですが、こちらの方は、八分咲きくらいでしょうか。いいですねぇ。秋田では、雪が舞っているというのに。
中央は、夕方の秋田市の様子です。雪はやんでいました。雲は多いながらも、ほんの少し夕焼け空を望む事ができました。
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上の写真、右と、下の写真は、今日の晩ご飯です。厚揚げ、メヌキの粕漬けの焼き魚、ポテトサラダとコマツナのおひたし、マグロタコアボガドサラダでした。それに、じゃがいもとタマネギのみそ汁でした。
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昨日の午前中、山へ向かおうと準備していると、NHK ラジオから DNA のお話が聞こえてきました。耳の方が、どんどんそのお話に反応し、結局午前中に山へ行くことが出来なくなってしまいました。
このお話の半分は、以前にも NHK ラジオで聞いた事がありました。ブログ内を探してみると、下記の記事にその事が書かれていました。
・「2007.11.11 食の大切さといのちと分子生物学」
この記事は、2007.10.11 NHKラジオの「ラジオ深夜便 ないとエッセー」という番組で「食べ物といのち」の関係を、とても興味のある表現方法でお話されていたので、書かせていただきました。
その時は、人間が食べたものは、身体に取り入れられ、「早い部分では数時間、遅い部分でも一年の間にすべて新しい分子に入れ替わる」というお話でした。
しかも、食べたものがエネルギーだけではなく、身体のどんな部分でも、例外ではなく、入れ替わってしまう、というものでした。
それも、身体のどんな部分でも例外なく「遅い部分でも一年の間」にすべて入れ替わるというのですから、とてもびっくりしました。そして、人間の記憶を司る脳細胞でも、分子は置き変わっているというのですから、こちらの方も興味がわきました。
そして、それらの事を方丈記の
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と、栖(すみか)とまたかくのごとし。」
に例えて、絶え間ない流れの中に生命があり、次の生命体の分子として、「分子と分子のつながり」が生命と生命をつないでいる、というお話でした。
このようなお話から「いのちやいきている」という生命の現象を「合成と分解の繰り返し」によって説明されていました。
また、
・「2010.05.22 今年初めての本格的な草むしり 2010」
では、「動的平衡」という概念の中で、地球全体の炭素の量はそれほど変わらないのに、二酸化炭素が多くなっているのは、動的平衡という流れの中で、その責任の一端を人間が負っているというようなお話をされていました。
その時のゲストが、今回お話されていた「福岡伸一氏」でした。今回は、それらの事を踏まえて、ご自身の専門分野である分子生物学の観点から、「生きている事」とは、いったいどんな事なのかを、
○ 生物の設計図となっている遺伝子の一部(GP2遺伝子)を欠損させたマウスの研究から
・結局の所何の問題もなく育ち
・通常のマウスと同じ寿命を生き
・子孫を繁栄させた
事に触れ、どうも「生命の設計図」となっている DNA だけでは、説明のつかない現象を、音楽の音符と演奏者の関係で説明されていました。
遺伝子一つ一つを音符に例え、その音符をどういうタイミングで、どういうボリュームで、どういう順序で奏でるかは、演奏者に任されており、音符一つがなくても「曲として成立する」というのが「音楽のあり方」で、それを「動的平衡」と呼んでいました。
とても難しいように聞こえるのですが、かつてお聴きした「ゆく河の流れは絶えずして・・・」に比喩されるように、
・遺伝子レベルでも細胞レベルでも
・ある状況に陥ったときに
・大きく変わる事なく何とか可変的に組み替えを行い
・生きていけるようそれぞれのレベルで関連性や相互性を発揮
する事を「動的平衡」と呼んでいたようです。もう少し簡単にいえば、バランスを保ちつつ、常に動いて入れ替わりをしている事が、実は大きく変わることなく生きていく事ができ、それが「生命のあり方」であり、それを「動的平衡」と呼ばれていました。
ウンチの例えでは、生物は、作り出すより壊すことを一生懸命行っているようで、絶え間なく入れ替わりをしていく中で、
・不足するものがあれば補い
・傷つけば治し
・病気になれば回復させる
よう、動的に体内で分解と構築が繰り返されているのだそうです。だから、その例えを「ゆく河の流れは絶えずして・・・」と表現されたのでしょうね。
お話の途中に、そのような「動的平衡」を、現代社会の仕組みとの比較でも登場させていました。どうも、現代は、設計図に基づき、コントロールし過ぎる傾向があるようで、そのような設計図に従い過ぎると「最後は破綻」する事の方が多い事を指摘されていました。
その事を踏まえ、自然界の事に目を向けた場合、「発生的にジグソーがちょっとずつできあがるようにできあがっていく」過程が「生命のあり方」であり、その仕組みに従った社会が本来のあり方に従った世界である事も述べられていました。
このお話を聴いて、二つの事が頭に浮かびました。その一つは、
・「2007.02.12 体質形態学と千島学説」
でも投稿した「千島学説」「第 4 原理 細胞新生説」です。
この「細胞新生説」は、
・細胞は細胞構造をもたない有機物から自然発生的に新生(発生の条件がそろえば)
・すでに細胞構造をもっているものは、AFD現象によっても新生
という原理でした。
この原理は、無核である赤血球(よって細胞とはいえない)から、核をもつ白血球を生じて、すべての細胞へと分化する、とする「第 1 原理 赤血球分化説」の根底となる基本的な原理として、とても重要であることが説明されていました。
また、この原則では、「胚葉細胞とそれから生ずる器官の説は誤り」(血液と健康の知恵、千島喜久男、地湧社、p210)で、発生説の矛盾を指摘していました。
非常に興味のある指摘の中に、前成説と後成説との比較がなされ、
・前成説 〜 成分の形質は予めすでに決定されている
・後成説 〜 発生の進むにつれて生体の内外環境の変化に応じて次々と新しい形質が決定され、出現してくる
ということが述べられています。
現在では、前成説である「成分の形質は予めすでに決定されている」、いわゆる設計図としての「DNA」を元にして、細胞が分裂する事で、組織や器官系が形成されるとしていますが、千島学説では、後成説である「 発生の進むにつれて生体の内外環境の変化に応じて次々と新しい形質が決定され、出現してくる」、いわゆる「細胞が集合、融合、分化発展(Aggregation、Fusion、Differentiation : AFD現象)」することで、すべての体細胞や生殖細胞が形成されるとしています。
どうも、この「細胞新生説」と、先ほど見てきた「動的平衡」がダブって見えて仕方がありませんでした。
もちろん、ここでご紹介している「千島学説」は、近年よく登場している「iPS細胞」との関係からも非常に興味のある考え方だと思っています。
もう一つ興味を持ったのは、「ケモタイプの概念」と「動的平衡の概念」についてでした。ケモタイプの概念については、
・「2006.08.24 精油のフェノタイプとケモタイプ」
で投稿しました。このケモタイプという概念は、植物分類学上同じ属・種に属する植物でも、成育環境の違いによって、精油に含まれる組成成分(芳香分子)が異なる場合に、化学的に同定された「化学種」として、精油を分類する概念でした。
これに対して、「表現型(フェノタイプ)」というのは、植物分類学上同じ属・種に属する植物でも、花の大きさや葉の形、背丈など、形態的に異なる形質を示す場合があり、それを発現している遺伝子に着目して分類する概念でした。
フェノタイプに着目した場合、遺伝子の概念を用いるわけですから、植物に含まれる精油の組成と遺伝子との間の相関関係を利用する概念です。
また、精油の組成は、産地、気候風土など、植物が実際に育つ環境に左右されますから、中に含まれる精油の組成成分の化学的な同定が必要になり、それが「化学種」としてのケモタイプの概念でした。
アロマテラピーを実践している方々にとって、どの概念が優れているかという問題としてではなく、生物が動的平衡のもとで、バランスをとりながら、入れ替わり絶え間なく動いていることが、実は生命を支えているものである事を考えると、
○ ケモタイプ
・化学的に同定された「化学種」として精油を分類するケモタイプの概念
○ フェノタイプ
・植物に含まれる精油の組成と遺伝子との間の相関関係を利用する概念
の他に、生物である植物から得られたありのままの精油もまた、そのときどきの環境の中に育ち、動的平衡を保った植物から抽出された「動的平衡タイプ精油」という概念もあり得るのでは、と思いました。
この事は、
・「2005.07.13 総合病院で導入しているのは珍しい」
で投稿した記事と、とても関連性があると思いました。そこでは、精油の中に含まれている芳香分子の固有作用や、その芳香分子の属する芳香成分類の主な作用についての「相反する作用」の説明に、
「植物二次代謝産物を利用する場合、その効果について一義的に決めることはできません。植物成分の相反する作用のどちらが効果として現れるかは、それを利用する側の各種の条件によって左右されます。その時点でその生体にとって必要とされる効果が選択されるともいえます。そして、このことこそがハーブの特質であり、私たちが植物に接する際に忘れてはならないことなのです。」
・「ハーバリズムのすすめ」衣川湍水著、フレグランスジャーナル社発行、p21 〜 22参照
という概念を、引用させていただきました。
植物が作り出した相反する作用は、生体の中で、必要とされる作用が選択される事で、その効果が発揮される、というとても素晴らしい考え方で、このことが、今回の「動的平衡」の概念なのでは、と思ったがゆえに、興味を持った「動的平衡タイプ精油」という概念でした。
もちろん、そんなタイプの精油はひまわりの創造タイプ精油でのお話でした。
そんな事を考えていたら、これまで投稿した記事の中に、それらしき記事が何点かある事に気がつきましたので、以下、それらの記事をリストアップしてみました。
・「2008.01.11 音のオーケストレーションと香りのアコード」
・「2007.02.22 ベートーヴェンの修正液と植物療法」
・「2005.10.02 適応力と体質」
・「2005.10.02 適応力は種保存の法則なのかな」
音楽の記事がありますが、今回の放送でインタビューを受けられた福岡氏は、音楽の事以外にもフェルメールの事についてもふれられました。
こちらは、顕微鏡の父ともいわれているアンソニーレーウェンフックとの関係をお話されていました。彼に関して、自分はスケッチが下手なので友人に書いてもらったという記録が残っているそうです。
どうもその画家がフェルメールなのでは? と考えておられるようでした。
フェルメールの死後、そのスケッチがへたくそになっていること、そして、両者が、同じ時代の同じ場所で生まれ育っていることが、その理由として掲げられてました。


























